❁テキサス★潤ライフ❁
アメリカ大陸を駆け巡る。何日もかけて町から町へと旅をする。
それぞれの土地で色んな人と出逢い、興味深い話を聞き、その場所に染み付いた歴史を知る。ふと立ち寄った小さな街はいかにも時間が止まったかのようにその知られざる歴史を感じる事が出きる。あまり豪奢とはいえない家のフロントポーチには老人が座って通りを眺めている。その額に刻み込まれたシワ、鋭い眼光からはしっかりとその厳しかった過去が伝わってくる。
100年来、その椅子から立ち上がることもなく歴史を見続けてきたかの様な威圧する光景にグッと引き寄せられ、どんな会話が待っているのか期待と不安が混じる緊張を微妙に感じるも、素早く路肩へと車を止める。砂埃混じりの暑い日差しを浴びながらゆっくりと歩みを進め、新しい出逢いへの期待に心を踊らせる。
それがアメリカのロード・トリップ。
さて、広い大陸を走り抜けるには、自分の判断基準が非常に重要となる。町から町まで2~3時間なにもない荒野を抜けたり、突然の悪天候に出くわすこともある。車が故障したりパンクしたり、様々な想定外の出来事が次々に襲ってくる。その時どう対処して切り抜けるかは、自分次第。今でこそ GPS があり迷子になることもなく、携帯電話で検索し助けを呼べるようになったが、こんな便利な道具が使えるようになったのは、つい最近のことだ。
さらに、たとえインターネットで検索できようが、天気予報で明日の天気が分かろうが、運転する自分の経験と勘がまだまだ必要であるし、それを頼りに自分自身の決断を迫られる場面に必ず遭遇する。そのひとつの判断が大きな分かれ道になるのがロード・トリップの醍醐味である。
アメリカ大陸を旅するものを拒み続ける自然はその規模の大きさに圧倒されるが、それ故に時が作り上げたその造形美は言葉で表現し難いまま記憶の奥に深く刻まれる。蒼く輝く稜線が幾重にも連なるアパラチア山脈。高速で駆け抜ける疾風に全ての物体が地球に這いつくばっているかのグレートプレーンズ。華氏140度(摂氏60度)を越える熱波に視界を奪う砂嵐が舞う砂漠地帯。そしてカナダからアメリカ大陸を南北に貫く雄大なロッキーマウンテンが西部と中西部を分け、その標高は12,000フィート(3660メートル)を越える高さまでに達し、流れる水その行き先が太平洋か大西洋かを分け隔てる分水嶺を車で越える。
アメリカ大陸の車旅を仕事やヴァケーションで楽しむようになってもう30年になるが、未だ興味が尽きる事がない。様々な風習や歴史、気候に風土や景色の豊かさに、アメリカ大陸の懐の深さとそこに根付く人々の寛大さに何時も感銘を受ける。様々な問題を抱え悩み続けながらも前へ進もうとするアメリカ、その先が暗闇に満ちていようとも、そこが地獄の入り口だと言われようとも、自分の進む道を信じ 絶やさぬ闘志を心に秘め 立ち止まり傍観者とならず ひたすら歩み続ける。
そんなアメリカが私の大好物である。
真のアメリカの魅力を探しながら色んな地方を旅するロード・トリップだけでも興味深いが、それに加えて様々な物資を運ぶことを生業とするアメリカントラッカー。毎回の旅が2~3ヵ月に及ぶのは当たり前のロード•トリップを続けながら全米の隅々まで求められるがまま必要物資を運んでいる。
そんな大型長距離ドライバー達を O.T.R. ( Over The Road ) と呼び,彼らの中でもベテランとなると広いアメリカ大陸のハイウェーを全て熟知しており、危険な山道やカーブ、都会の入り組んだ高速道路の分岐や高さ制限等に気を配りながら、運んでいる物資の種類に合わせた運転方法を駆使し、事故を起こさないのは勿論、トレーラー内に積み上げられた内容物が破損しないよう運搬するのだ。
例えば、液体のものを運ぶときなどはトレーラー内で小波が起こり、普段以上に前後や左右に揺さぶられるため、スピードの変化には気を遣う。コーナーの曲がり方も普段は事前にスピードを落とし内輪差を考慮して大きく前へせりだした後スクエアターンを行うが、ここはラウンドターンで徐々にハンドルを切り続けゆっくりと戻し続ける。
はたまた、凍てつく氷のなか鋼材や鉄筋を束ねたものを金属製のチエーンでフラットベッドの上に固定してあるトレーラーを引っ張る場合、決して急ブレーキは踏んではいけない。凍てついた金属のチェーンは同じ金属を固定できず滑り出す。前方に勢いよく滑り出した鉄筋一本一本がヘッドボードを突き抜け、ドライバーが運転するキャブを串刺しにする。
このようにいろんなプロの世界同様、様々な知られざるテクニックや常識がある。われわれ、プロの物流従事者には常識だがあまり一般に知られていない、しかも広いアメリカを旅するトラックならではの常識的注意事項が ある特別な製品にはある。
その特別な製品とは皆様にもご存じの食品 アイスクリームである。
アイスクリームをクリーミーにするためによく窒素ガスが注入される。しかも当然ボリュームも増えるため、廉価な製品にはより多くの窒素ガスを注入することもある。その為アイスクリームを大型トラックで大量に運搬する場合、出発地点から目的地点の間での山越えは度々メーカーより禁止される。ましてや12000フィートの標高に達するような山岳地帯では気圧が変わるため、目的地に到着したドライバーを、アイスだけに凍てつかせることになる。
注入された窒素ガスが膨張し、パケージされたアイスクリームはことごとく破裂しているか、容器からはみ出し全て廃棄物となる。同じ理由で、ポテトチップスのパッケージや袋とじされているサラダなどにも窒素ガスが注入されているため、平地の状態でのパッケージには余裕を持って注入されていないと、気圧の低いところにさしかかると必要以上に膨れ上がって破裂する。
ドライバーは出発前に必ず内容物を書類で把握し、実際積み込まれる時に立ち会い、自分の目で直接監視し、その後再び注意深く書類( Bill of Lading )に目を通し注意事項がはっきりと明記されていることを確認してから、最終受け取りのサインをしなければならない。この時点でのメーカーや荷主の記入ミスや指摘ミスが指摘されないと全てドライバーの責任となる。ご存じなようにアメリカは訴訟大国。保険金や事故の責任問題にも発展しかねないため、ここは注意深く遠慮せず対処しなくてはいけない。いくらアイスクリーム好きでも、トラック一杯のアイスは食べきれまい。
長いロード•トリップの生活を経て、様々な道路上のハザードに気を配りながら、ようやく到着した最終目的地の Loading Dock。その物流旅の最後の最後の仕事である狭い限られたスペースへのバッキング。最大限のアテンションを払い、ゆっくりと注意深く上下左右全ての障害物に気を配りながらそろそろりと後ろへ下がるのだ。まるで、宇宙基地にカプセルがドッキングするように、黒い12インチの厚みを持ったクッションにそっと密着するまで、内容物に衝撃を与えないようゆるりとバックする。
ガチャンとロックアームがトレーラーのバンパーに腕組みし固定されると、ようやく全ての責任から解放される。荷下ろしが終わるまでの束の間の休息時間を有効に過ごしながら待つ。そんな貴重な時間を、お客からのアイスクリーム返品クレーム処理に費やす事にならないよう、ステップごとにしっかりと確実に仕事をこなす。全ては自分に返ってくるからね。
O.T.R. をやらなくなってはや、14年。旅烏の生活が時折懐かしくなり、思い出してはこうやって文章にして振り返っている。あまりに恋しくなるとヴァケーションをとっては1週間程、車中泊やキャンプに出掛けることもしばしば。ドライバー仲間がよく皮肉混じりに言っていた言葉に、
Once you become
a truck driver,
you will be a truck driver forever.
まさにその通りで、実に妙である。
あの大きなトラックに一人きりで過ごし、経験した苦い思いや目を見張る素晴らしい景色、ドがつく恐怖を伴った悪天候に耐えながら縮み上がった想いは波のごとく襲ってきた。全ての思い出は私の骨格を丈夫なものに築き、全ての感情は私の血となり肉となった。
まさに現在の心境は
片雲の風にさそはれて
漂泊の思ひやまず
だね。
この道の 長きに渡り 粛々と
一生浪人を貫き通すは
我が天命なり。
Hasta la vista. Nos vemos.
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コメント
コメント一覧 (3)
トラック違いで恐縮ですが、アムトラックで旅した景色を忘れる事はありません。経験の一つ一つが、今に着実に繋がっている、私にはとても大きな出来事でした。深く考えていなかったけれど、今となってみると、同じ事はやりたくても出来ないですね。
一生浪人
がしました
キャンプ、思う存分楽しんできて下さいね。
そして、いつかきっとマスク無しで、ライブご一緒しましょう。
一生浪人
がしました